アマプラで映画 ”Perfect Days”

 昨晩のこと、今更ながらですがAmazonプライムビデオで映画「Perfect Days」をめちゃくちゃ美味しいモンテダロッラのヴァルポリチェッラをお供に鑑賞しました。

まだこの余韻と余白の鮮度が良いうちにブログに残したいと綴っています。

鑑賞の動機は安易でルー・リードのPerfect Dayという曲が大好きだったからでしたから、結論からしてその安易さから得られたこのような芸術作品を鑑賞して色々な想いに溢れて感動し満足いたしました。

たいして映画というものを追いかけていない自分、エンタメ的刺激要素の強い映画ばかり見てきていたように思います。もちろん考えに余白を与えてくれる作品も多少は見てきたかもしれないけど、この映画の描く日々の日常生活のリアルな世界感に共感し主人公の感情に寄り添えることのできた過去にもあまり経験のない余韻をもらった作品でありました。

昭和の香りが残るアパート、銭湯、古本屋に地下街、フィルムカメラにカセットテープ、スナックにおばんざい料理と現在の街並み、スカイツリー、前衛的トイレ、人情をなくした母親、金がなければ何もできない若者など超現代的との対比が映像で切り取られていく中で

あまり喋らない主人公の役所さん演じる平山の表情や演技を見ながら、そして他の出演者との絡み展開の状況を鑑賞者に終始想像させていく。

映画そのものは多くを語らない。

さらにこの映画は事件もドラマも起こらない

変わらない毎日、必要最低限の人しか会わないのにささやかでほっこりする幸せがあったり時に理不尽なこともあるし家族との因縁もありそうだ。

平山の日常を見せられて自然と自分の日常と重ねるように導かれていく

何を受け取るかは鑑賞者次第。

多分、主人公にも語りたくない過去があって

平凡なようで全く平凡じゃない優しさに溢れた「足るを知る」人生の達人。

ルーティンな毎日の中、木漏れ日の神社でお裾分けしてもらった苗木を愛し文学が好きで音楽が好きなわけだけど

登場する音楽が年代的にスターだったビートルズやストーンズ、ボブ・ディランではなくて

ルー・リード、パティ・スミス、ヴァン・モリソンというアングラの知る人ぞ知る文学性の強い音楽家たち

この主人公の個性を読み取れるしその隠れた感受性の強さに共感しないわけにいかなかった

それもそのはずで

自分もあまり語りたくない過去があるけど

自分も10代の頃はパンクロックが好きで

別にグレていたわけではなくて、すこし人と同調できないアウトサイダーな気質だったからかもしれないが

親から「勉強しなくては立派なお大人になれない」という敷かれたレールの圧力にドロップアウトしちゃって高校辞めて家を出て掃除屋でバイトしたりバンドやったり

The Clashを愛して左翼気取りで、ルー・リードの"Take a Walk on The Wild Side"を地で行きたいなんて思ってた。

自分は氷河期世代の始まりでもし大学へ行ってたとしても自分の学力じゃ一流企業どころかそこそこのところにも就職なんてなかっただろう。クラッシュ&ビルドの激動の昭和が終わっって日本が坂道を下り始めた頃なのにこんな不景気なある意味冷めたい時代になるなんて思ってなくて将来なんて向こう見ずに明るく楽しくて夢があって

町場の酒場で働いて大都市に出てワインと出会っていろいろな人達と接客し知り合い仲良くなり、時には一流人にも接客させてもらった。企業人になるよりもお金よりも大切な経験と財産としか言いようがないからドロップアウトとしたことは全く後悔していない。

と、主人公に共感しすぎてそんな懐かしい熱い思いのノスタルジーな気分になってしまってつい昔話。

そして今のわたしは

この映画のように、主人公・平山のように淡々と日々暮らしたいなんて思っていたりする。

平山は時折の人とのコミュニケーションの時にニヤッとほっこりしたり、毎日神社の境内で木漏れ日をフィルムカメラに収める。木漏れ日は毎日同じじゃなくて一瞬一秒微妙に違う一瞬なわけで、その仕上がった写真をみてまたほっこりする・・・

まさに一期一会

そしてそれがPerfect Daysなんだろな

ルー・リードの詩は

「公園でサングリアを飲んで日が暮れて帰った

動物園で餌やりして映画を見て帰った

そんなパーフェクトな日

あなたと一緒にいられて嬉しかった。

あなたが寄り添ってくれているんだ。

・・・

君が撒いた種は君自身で摘み取るんだよ」

こんな感じだったと思うんだけど

同じようで同じじゃない毎日に気付き

なんでもない日常を感謝しなくちゃならない

けども

一期一会って実践はほんと難しい


草枕でいう

「兎角に人の世は住みにくい」

かもしれないが

「ひつそり咲いて散ります」

と種田山頭火のように達観してみたいとも思う。

そしてブルーハーツが歌う

「なるべく小さな幸せとなるべく小さな不幸せ、なるべくいっぱい集めよう。そんな気持わかるでしょ?」

情熱の薔薇のフレーズがリフレイン

頭から離れなくなった・・・。(そういえば甲本弟も出演してた)


最後のシーン

主人公・平山がルーティンの出勤、車の中で朝日を浴びながらウルウル泣くシーン

この涙の意味を受け手は想像する大きな余白を与えれる。

自分にはあれが物凄くポジティブで好きだった。

場面で流れる曲もニーナ・シモンの”Feeling Good”だ

It's a new dawn

It's a new day

It's a new life

For me

And I'm feeling good

I'm feeling good

きっと最後のあのシーンの涙は希望なんだと思っている。

私も車の中でなぜかウルウルすることがあるのだけど、悲しい涙じゃなくて嬉しくて感動していたり、生きていることの素晴らしさにこみ上げて泣いてたりする。ぼんやり運転してちゃだめなんだけども・・・。


主人公の数少ないセリフから

「たくさんの世界がある。それらは繋がっているようで繋がっていない」

「今は今、今度は今度」

映画Perfect Daysはここに集約されている

人それぞれの考える豊かさなんて他人じゃ測れないってことだよね


と、さて、映画Perfect Daysについて長々なんだかまとまりのない文を書いてきてしまいましたが、最後まで読んでくれた方には感謝します。

そして最後に自分も木漏れ日が大好きです


先日の満月





















ノスタルジー








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